文章の読みやすさを左右する要素はいくつかある。
代表的なものとしては、【だら草012】で触れた「接続詞」をはじめとして、「漢字をひらくか否か」「指示語の有無」などが挙げられるだろう。
そして、その中で最も重要なものの一つが「句読点の位置」だ。
では、なぜ句読点の位置が重要なのか?
一言で言ってしまえば、「句読点は読者が文章を読む速度をコントロールできるから」である。
よく「句読点は息継ぎの位置に打つ」と言われるが、これは確かに正しい。頭の中で、あるいは実際に声に出して文章を読んでみたとき、自然と息が切れそうな位置には先んじて読点を配置しておく。また、一息で読めそうもない文章は句点を打って二文に切る。それがライターの務めである。
ただ、その息継ぎがどのような意味を持つのかという「機能」については、あまり注目されていないように思える。
なぜ読点の位置で息継ぎをしてもらうのかというと、その位置で思考のブレーキを踏んでもらいたいからである。
接続詞の後に読点が打ってあれば、それは「ここで一旦頭を整理して、論理関係をこの接続詞で把握してください」というメッセージとなる。長めの主語の後に読点が打ってあれば、それは「この主語全体が動詞にかかりますよ」というアナウンスになる。
このように、句読点は「文章をどのように、どのような速度で読むか」という本来読者に委ねられているはずの領域を、ライター側でコントロールできる数少ない手段のうちの一つなのである。
とはいえ、もちろん句読点を入れすぎるのは良くない。文章読解はリズムが大事である。読者の脳には適切なスピードで、かつ適切な情報量を差し出さなければならない。
要はバランスが大事である。では句読点の量と位置の適切さを実際にどのように判断するのかというと、これはもう経験によるしかない。
ただ少なくとも精度を上げたいのであれば、試しに一度自分の書いた文章を頭の中で音読してみることである。もしそれで「変」だと感じるようであれば、句読点の数や位置が間違っている可能性が高い。
そして、この「変」という感覚は結局のところ今までどんな文章をどれだけ多く読んできたかによって養われる。
すなわち良い文章を書きたければ、まずは良い読者であるべきなのだ。
Q.文章にはどのように句読点を打つべきなのか?
A.原則としては息継ぎの位置に打つべき。ただし読者が読む速度をコントロールするためのものなので、経験に照らして適切な位置と数になるよう、うまく調整する必要がある。
◇
Today's Tune
ニガミ17才「幽霊であるし」